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みんなで考える。ということ

      2013/12/08

ちょっと前に「みんなの意見は意外と正しい」というフレーズが話題になった。
「寄らば文殊の知恵」という言葉もあるが、ある共通の目的や目標に対して、その達成に必要な基本的な要素を熟考し、検討した上で、様々な方向性を考えていくためには、「みんな」は、やはり多すぎる。

参考:三人寄らば文殊の知恵だが、三十人寄らば時間の無駄

それなりに最もらしい意見も出るんだけど、本来の目的を設定せずに全方位的に言いたいことを言うもんだから、冷静に聞いていても「お隣の庭、綺麗だよねぇ」って話にしか聞こえない。
競合と思われるものを見て、分析して、じゃぁどうするのか。を考えることは必須事項だと思うので、それをやろうとしたことは評価する。
とうの昔にやってますし、調査報告書も出したでしょって話だし、競合の調査かと思いきや、「あ〜こんなことやってんだ」「これいいね」「うちもやろうよ」って、もっと考えるところがあるでしょうよ。
というか、そもそも、コアターゲットとなるユーザーを熟考の上、決定するというプロセスがとても重要で、個人的にはそれがないと何も進められないと思っているのに「あんな人やこんな人も使えるようにしたほうがいいよね」って話から始まるし、そこから抜け出せない。

「我々が提供しようとしているモノは、この世の中のどんな人たちにどのように役に立つのか」

競合だって、自ら定めたコアターゲットに対する分析から、微妙に自信のあり方を試行錯誤して変化させているのに、それのモノまねで通用するほど甘くない。
むしろ大事なのは、一見すると同じように見えるターゲットが、本当に我々のターゲットに成りえるのか、我々の特異性を最大限際立たせたときに、本当に狙うべきターゲットは、実は自分たちが競合と思っているモノとは別なんじゃないか?といった考察なのではなかろうか。

少なくとも、こういった根本的な問いが共有できない状況の中で、いくら人が集まっても、結局何も決まらないし、決められないのだよ。
決まらずに時間が立って行くなら、誰かにその結果責任も含め任せて、そいつの好きなようにやらせたほうが、まだマシである。
当然、そいつは、説明責任も同時に負うし、下手な説明をすれば「やりなおし!」と言われ、それを治すのもまた、そいつの責任であるのは言うまでもない。
誰かに意見を求めようにも、様々な責任を負うことも含め「任されている」奴より、そのことについて考えている奴は周りにはいないわけで、おのずと意識は外に向く。
その結果、確実にそいつは成長するし、少なからず結果も残すだろう。
会社の規模で言えば、超零細企業。だけどやらないと行けないことは山ほどある。ならば、皆の時間を、みんなで考える時間に使うのは、どう考えても、もったいない。
人数が少ないから決定が早く行える。という利点があるとするならば、それぞれの人間に責任を分散して、個人の力でアウトプットまでの時間を最短にして、世に問い、その結果のフィードバック/改善のサイクルを数多く実施することが、最優先事項だと思うがの。

 -ぼやき

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